偶々ですが、新聞を読んでいると、今年センター試験の問題が目に入りました。
他の教科は別として、コミュニケーションのための教科である英語の問題を少し読んでみました。
「試験用」の英語
結論から申し上げると、このような問題が出されている限り、日本の英語教育は「試験用」以上の効果がありません。
コミュニケーションツールとしての英語教育は機能しないのです。
二つの例だけを覗いてみましょう。
次の問いにおいて、下線部の発音が他の三つと異なるものを①~④のうちから一つずつ選べ。
問 ①helped ②laughed ③poured ④searched
※出典:2018年センター試験、英語、第1問、問2
確か過去形として動詞につける「ed」は動詞によって発音が「d」か「t」と変わる場合があります。
しかし、それを厳密に覚え、正確に使い分ける必要が本当にあるでしょうか?
ライティングとリーディングでは同じ「ed」ですので、違いがありません。スピーキングとリスンニングの場合、その違いを使い分けなくても99%コミュニケーションは正確に取れます。
このような質問を出題し、学生たちに覚えさせようということは、学生の英語におけるコミュニケーション能力の向上に効果が薄いだけではなく、「厳密に覚えないといけない」という無駄なストレスを学生たちに与えているのではないかと思います。
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本当に覚えないといけないのか?
もう一つの例。
問 Jeff didn’t accept the job offer because of the salary.
①cheap ②inexpensive ③low ④weak
※出典:2018年センター試験、英語、第2問、問1
①cheap=安い
②inexpensive=高くない(値段、価格)
③low=低い
④weak=弱い
正解は③です。
①、④はこの設問で引っ掛かりになるでしょうが、実に英語のコミュニケーションの中で通じないことはありません。
実際に英語を使って人と話すときに、②以外のどれも通じます。
正解だけ求める試験は学生の英語におけるコミュニケーション能力の成長の妨げになるほかない
筆者はこの点について、深く信じています。
コミュニケーションに必要なのは正解ではありません。必要なのは相手に理解してもらうことです。
理解してもらうために様々な方法と手段もしくは言葉を使うことができます。
一つだけに制限してしまうことは学生の考え方や想像力を制限することにすぎません。
解決法は?
筆者の考えでは、解決法があるが、非常に複雑です。
その理由は下記の記事に述べさせてもらっています。宜しければご参考までに。
非常に残念なことですが、このような評価方法でコミュニケーション学科である英語を評価するのでは、学生の英語能力の向上はいくら勉強しても見込めないと思います。