私の日本:(8)人生初仕事が海外(日本)で

By | 2014/08/17

就職活動が景気の良かった2008年だったので(2009年にリーマンショック)、6社に出して、3社から内定をもらえた。

どうでもいい情報だが、参考として私の会社の選び方を話してみるね。

私は自分の背景と進めたい方向を整理した。

外国人。機械と生物の学術背景がある。人と接する仕事をしたい。

なので、機械と生物を両方必要とする医療機器の会社だけ応募した。外国人を重視する海外売上が半分以上ある会社のみ応募した。そして応募した職種は海外営業。

それで日本企業である某医療機器メーカーに決めた。

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工学系出身の私に配属を決められたのは「マーケティング」だった。

何もわからないけど、とりあえずやってみるところから始まり、自社の分析、競合の分析、競合製品との比較や差別化実験などを任された。

その半年後、製品担当(プロダクト・マネジャー)という役割を与えられた。小さいビジネスでありながら、自分が担当することで非常にいい経験をもらった。

それは不妊治療に関する製品を売るビジネスだった。

女性の卵管が感染や何らかの理由によって癒着して(塞いで)卵子が通らなくなって不妊になるという体の状態に対し、バルーンカテーテルを用いて物理的に卵管を広げ、自然妊娠ができる状態にするという治療デバイスだ。

このビジネスを担当し、このデバイスを扱うことで多くのことを知ることができ、自分自身も大きく成長した。

まず、もちろん病気に対する認識が深まる。

不妊になる理由、原因、治療法、費用、苦労、日本中に悩んでいる人数など。

もちろん、オペ室には何十回も入ったことがあり、それぞれの先生のデバイス使用方法にサポートし、医療の現場から無数の学びができた。

次、社内の調整だ。

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大きいな会社であるため、業務は細分化され、それぞれの細かい業務をそれぞれの部署にお願いすることでビジネスを運営していく。

カタログの制作はマーケ部、個別ユーザーの状況確認は営業部、製品の在庫状況は工場とロジ部、医師との契約書作成は法務部、新規開発案件は開発部など。

既存なルールがいいのか悪いのか、もっとユーザーにいい方法ないのか、もっと効率高い運営の仕方ないのか、もっとユーザーに満足してもらえる方法ないのか、もっと早く対応できないのか、もっと低コストでできないのかなど毎日が戦いだった。

少しは組織での動き方を知ることができた。

続く。

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